東京高等裁判所 昭和42年(く)43号 決定
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔決定理由〕本件抗告の理由は、原決定は刑事訴訟法第八九条第四号により被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとして、弁護人の保釈請求を却下した。しかし被告人には隠滅すべき証拠はない。罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとするならば、どの証拠がどんな風に隠滅される恐れがあるかが実質的に判断されなければならない。前科は無く、定職を有する被告人が今後更に拘束されることは甚だしく当を得ず、被告人の人権を十分考慮した措置とは考えられない。検察官の主張、立証を細大もらさず認めなければ保釈が許されないということも不当であり、真実発見の危険を招く原因となる恐れがあるというのである。
よつて検討するに、被告人は原審第一回公判廷で、従来捜査官に供述したと同じように、本件計算機一台は窃取したのではなく、元勤務先会社から無断借用したのであると微妙な弁解をした。そして弁護人は同公判廷で検察官側からの証拠の取調申請については全部同意するとともに、被害会社の社長阿部俊郎を、被告人主張のように無断借用であるかどうかの点の立証のため、証人として申請し、採用決定となり、次回公判期日に取調べの運びとなつた。
以上の経過に徴すれば、被告人には隠滅すべき証拠がないとはいえず、あるいは方法を講じて証人として喚問される被害者に働きかけて、これが証拠の隠滅を図るかも知れないと疑うに足りる相当な理由があるものと考えられるから、被告人にはいわゆる権利保釈の適用はなく、また右事情に鑑み職権で保釈を許すことも相当ではないと思料される。なお原決定が検察官の主張、立証を細大もらさず認めなければ保釈を許さないとの形式的な見解を採るものでないことも、事案の内容及び審理の経過に照らし明らかであるから、この点についての所論はいわれなき危惧に過ぎない。(樋口勝 関重夫 小川泉)